Holy Fool

つかの間の私を、永遠の私に捧げなさい Sri Anandamayi Ma


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断捨離のために   坂崎乙朗

「絵とは何か」
「ふたたび絵とは何か」
「みたび絵とは何か」

二十歳のころ、これらの本を読んだこと
坂崎乙朗氏と実際会ったこと
東京に住んでいて 彼が紹介していた絵を
展覧会で実際にみたこと などなど

良い縁に恵まれたとおもう

さて本棚にある坂崎乙朗氏の23冊ある本
「もの」としては黄ばんでしみもあって字も細かく
たぶん読み返すことはほとんどない本たち

しかし手に取ると
なぜか1冊も捨てる気になれない

う~ん なぜだろう
執着か・・・など
あれこれおもいをはせていたが

やめた

おもうのをやめた

本棚にあってもいまのところ問題はない

問題がないのに
なんで問題をつくるのか

しばらくはそのままにしておこう

捨てるときは 身体を使って捨てる作業をするだけだ

「井上貫道老師の庵」というブログの
貫道老師のことばを読んでいたら
自分がやっていることがおかしくなってきた

笑える

しかしこのブログを書いたことで
きもちはいくぶん良い

頭の中だけじゃなく
表現して 記録となって
なにか気がすんだから


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断捨離のために  高橋たか子

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「装いせよ、わが魂よ」
「土地の力」
「亡命者」   

これらの本は捨てない
いまでもある箇所を読みたくなる
文章というよりは  あるスペース

聖域のようなもの

そこに入るとぱっと風景が明るくなる
けれど
明るいだけじゃない
きょう読み返してわかったが
なんともいえない 人間の血液のようなものにも触れる

神の透明な空間と同時に

25歳から28歳くらいの頃?
「ロンリーウーマン」に出会った
その文庫本は1冊だけ書店の本棚から不思議なものを放っていた

あの本を読んじゃいけない
あの本はおそろしい本だ
そんな予感がした

手にとってページをひらいてはもとにもどす
何度も同じ場所に通った
ひきつけられるように

そんなことを幾度かくりかえし
あるとき決意して買った

私が直感したことはあたっていた
それからは 彼女の世界にひきこまれ
古本も探して読むようになった

彼女が作家をやめ修道生活に入り
そしてまた書くことにもどってきてくれたときはうれしかった

「怒りの子」
「荒野」など 自分の本棚にありながら
おそろしくて読み返えせない
それなのに捨てる気にはなれない

このこわさは魅力でもある


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断捨離のために 寺山修司

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かなり長い間捨てられず手元においてある本を
厳選して数冊にすることにした。
ある一冊などは40年前に買った本

ほとんどがいま読み返すことのない、ページも色あせた古い本

寺山修司  坂崎乙朗  高橋たか子
この三者の方の本は殿堂入り、ず~っととっておこうとおもっていた。

なぜかというと
強く影響をうけ、自分をつくったような本だからだ。

これらの本を捨てるのは自分の一部とサヨナラするような感覚で躊躇していたが 
だからこそ捨ててみようとおもった。

寺山修司の本には高校生の頃に出会い
山形の天童市に講演にきてくれた時「書を捨てよ、街に出よう」の文庫本に
本人からサインをしてもらった。

19歳の時本のタイトルのごとく上京したのは彼の影響が大きい。

寺山修司主催の演劇をよくみにいった。
講演会にも行ったし映画もみた。
あるとき「寺山さんの講演をきいて東京にでてきました。」と言うと
あの独特の訛りある声で
「家出してきたの?」

「家出のすすめ」という本も書いているからだ。

なにが私をあんなに惹きつけたのだろう。

とにかく寺山さんは前衛だった。
これまでにないもの、自分が知らない驚きの世界があった。
スタイルも
靴じゃなく底の高いサンダルをいつもはいていて
自由な感じがしてかっこよく感じた。

本は6冊残したけれど
開いて読んでみると
内容ではなくて その本を熱心に読んでいた頃の自分を感じて
「過ぎたなあ」とおもった。

1冊残すとしたら やっぱりサイン本になるのかな


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2016年1月18日  

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1月18日が自分のサニヤスバースディだったことをすっかり忘れていた。
19日のfacebookをみて「きょうはやけにOSHOの写真のUPが多いなあ」と
OSHOのセレブレーション(肉体を離れた日)の日も忘れていた。

あれっ  自分はどんなふうにすごしていたんだろう。
振り返ると18日はエナジーチェンジを感じた日で朝から軽やかだった。
前日の17日は得体の知れない不安にとらわれた一日で
なにもかもがだいなしになって振り出しにもどったような落ち着きのなさを感じていた。

18日はあまりにも新しい朝だったのでOSHO禅タロットをひいたんだっけ。
3枚とも絵柄をみるだけでほっとするものがあった。
1月に入ってから何度も「ストレス」のカードをひいていて
なにもしていないのに頭の中ではあれこれ計画だてているのかなとおもった。
今年の干支の猿(申)がピンで曲芸師ののった球を一刺ししようとしているのがおもしろい。

「死もなく、怖れもなく   生きる智慧としての仏教」  ティク・ナット・ハン

   すべてのものの本質は、生まれることも死ぬことも、

   到達することも出発することもない。

   私の本質は来ることもなく(不来)、消えることもない(不去)。

   十分な条件が整えば私はすがたを現し、

   条件が整わなければ隠れる。

   私はどこへも行かない。

   私はどこに消えてしまうのかって?

   私はただ隠れるだけ。

ティク・ナット・ハンはこのことをTVやラジオにたとえて言ってくれている。
部屋の中に電波信号が飛び交っていて信号はいたるところにあるけれど
条件・・・ラジオかTVが揃ってスイッチを入れるひと、行為がそろうと
そこに番組が映し出される。

「条件がそろうと何かが顕現する、とブッダは説いた。
 私たちはそれを生(存在)と呼び、ここからひとつふたつ
 条件が抜け落ちると、ものは同じようには顕現しなくなり、
 私たちはこれを死(非存在)と呼ぶ。
 ブッダによれば、何かが存在する・存在しないと考えるのは誤りで、
 実在の世界では完全な存在・非存在はありえない。」

なにかスーッとした。
深いところが静かになった。

「死について41の答え」 OSHO 
この本の中に「死を超えるための瞑想法」が14のっている。

1番目がハミング瞑想(ナーダブラーマ)
この瞑想のメカニズムというか方向性を知って驚いた。
何度もやっているのにOSHOのことばをはじめて目にした。
たぶんどこかで読んでいたのかもしれないがいままで気に留めなかった。
この瞑想を早朝夜明け前、僧たちがやっていたときいている。

インドのコミューンにいたとき、「死の瞑想」はやらなかった。
そういったグループがあったがやろうとはおもわなかった。
なにせデスセレブレーション(誰かが肉体を離れた時の、コミューンでのお葬式?)もきらいで
火葬場に行ったのは一度きり
花で飾った屍を運んでみんな歌って踊って焼き場まで道を歩く。
焼き場で灰になっていくのを炎とともに祝う。

死がこわい私には参加したくないセレブレーションだった。

ところが今回本を読んで
貴重な機会が何度もあったのに
私はカタチだけのものととらえていたなあ
瞑想として参加 することもできたのに とおもった。
いまだからおもえるのだとおもう。

13番目の つま先から火をつけて焼かれていくのを感じる のをやった。
こういった瞑想はこれまで躊躇していた。
なんか縁起が悪いなあ・・・縁起?死ぬことが?
すべてのひとが確実に肉体の死を迎えるというのに。

この日は雪が降って静かで寒かった。
コタツに入ったままだったけれど
火で自分の身体を焼いていくのをおもいうかべた。
とても心地よくて 気づくと身体がリラックスして時間がたっていた。

寝る前にこれをやろう。
OSHO「このテクニックには少なくとも三ヶ月かかるだろう。続けてみなさい」

毎晩眠るのだから眠るまでの間だったらできるかもしれない。

こういった瞑想に惹かれるのは一部のひとかもしれない
やむをえずやるということかもしれないし
深いおもいなくやるのかもしれない

禅でいうところの「縁起」がよくわからなかったが
2冊の本に縁を持ち 
触れた という感じがした。


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青い炎を持つイルカ

このことを急に書いておきたくなったのでUPします。

いま地震雲とおもわれるものが発生したり
きのうは100頭をも超えるイルカがうちあげられたりして
大きな地震が起きるのではないかと心配されています。

イルカの映像をみて2月末の
宮城県での愛野ルミエさんME体験会のことを思い出しました。
いつもは海外にいる彼女がどういったご縁で東北の地に招かれたのかを
たずねる時間もなく、すばらしい体験会は終わりましたが

途中のデモンストレーションで自分に起こったことです。
「身体に痛みのあるひとはいますか?」の問いかけに
ルミエさんのとなりに座っていた私は目があって
「ハイ」と答え、私の身体の痛みへのはたらきかけをしてもらうことになりました。

目を閉じていたのですが
突然白いイルカが彫刻のように固まった映像がうかびました。
直立不動といったようすでしたが
彼女が手をくるくるしているうちにやわらかい本来のイルカになって
空に泳いでいって自由な雲になったのです。

「白いイルカ」なんてスピ系すぎるとおもいましたがシェアしました。
「起こることはそのままに、あまり意味づけしないようにする」大切さも教えてもらいました。

その後参加者全員がルミエさんの誘導で同じ空間に身をおいていたとき
またもやイルカがやってきたのです。
今度は数え切れないくらいのたくさんのイルカたちが
片手(あれはヒレでしょうか)にキャンドルを持って立ち泳ぎしてるんです。
なにかを祝っているような祈っているような感じでした。

青い炎のキャンドルを持ったイルカたちのきらめき
その光はそのままクリスタルの輝きとなって
青い光る柱が太く地中にドーンとおろされました。

そしてこの地は大丈夫だ という感覚がやってきました。

このところ忘れていましたがTVのイルカの映像をみて
ハートが痛むと同時に

あのときのイルカたちが命をかけてまもってくれている
なぜかそんなふうにおもえたのです。

このことは 私のなかのファンタジーかもしれませんが
青い炎のイルカたちに ありがとうと感謝して
瞑想したいとおもいます。
 


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③    野心

野心といっても何をもって野心と言うのか。

10月の東京禅会の時、最後のほうで
「怒りとか欲についてのお話がなかったとおもうんですけど
 老師はこれらのことをどうお考えですか?」
というような質問があった。

「あなたは欲を悪いものと考えておられませんか?
 日本を変えたい というような大きな欲がなかったら日本を変えられませんよ」
言葉は違ったかもしれないが哲玄老師はそのような意味のことを返答された。

私はハッとした。
もしひとつのことを 悪いと決めたらその道は閉ざされてしまう。
悪いがでてくると 悪くないこと、良いことがうまれる。
そして悪いの 反対側のことをしようとするのだ。

私はすぐ絵のことがうかんだ。
絵に関して謙虚でなくてはならないとおもっていて
毎年出品している県美展では 「賞なんて気にしないわ。
発表することが大切なのよ。」と言いつつも気にしている自分がいる。

芸術に野心を持ってはいけない みたいな
とにかく 自分が決めた「謙虚」ルールに無意識に従う。

これって可能性を閉じるってこと?・・ とおもった。

たとえば 怒りは悪いと決めたら どんな時も怒らないのがいいことになり
怒ったら罪悪感を感じたりもする。

このことがきっかけで 私はカフェ寺で
「良い悪いをつけないということですね」と言って 「野心」ということばを口にした。

すると老師は 静かに
「どんな野心があるんですか?」
えっ えーっ まさか そんな切り替えし・・・

「あの えーと 私は絵を描いているんですけど・・・」
自分が野心とおもっている二つのことを言うと
「それは野心とは呼ばないでしょう。」
「それはあなたが決めることではなくまわりが決めることです。」

そうして才能ある若い蒔絵師の話をされた。
蒔絵師では食べていけないので他の絵の仕事もしたが
どんな絵でもそのひとの描くものは なにかほっとするとものがあったと。

「野心」と名づけた途端に私が定義している「野心」ができる。
これを「ヴィジョン」とか「目標」 「遊び」と呼んでもいいわけだ。

「私は どでかいふたつの遊びがしたい」とか・・・

「悟りたい」「探求したい」などの強いおもい
まずはそこから始まっていく。
あるひとには「出世欲」あるひとには「悟り欲」がわきおこる。
良いも悪いも ない。

「井上義衍老師語録」の  「 三五  変幻自在」は
私がもっとも心惹かれる義衍老師のことば

  私どもは、犬にもなれば月にも花にもなる。
  どんなものにも化けながら、どれにも化かされないように
  きちっと出来ているのです。
  化けるなら思い切り化けてみるがよい。
  何にでも化けながら、それで自分自身に化かされさえしなければいいのです。
  自由な自分の真相を知って、そしてそれに自由に動かされて活動する。
  そういう自分を本当に知ってみると面白い。
  これぞ、自己の真面目である。

「自分自身に化かされさえしなければいい」
というのが肝心でむずかしいところだとおもう。

「自由な自分の真相を知って、そしてそれに自由に動かされて活動する。」

なにをやりたいか なにをやるか なにが野心か より
「自分の真相」を知ると 縁に触れて何にでもなる自分がいるってことだ。

真相に動かされるんだから 
「私」の思い通りにはならないだろうけど
そこがまた おもしろいということになる。

まずは
「自分の真相」だ。


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②  方便

ふたつめのもやもやは
このことを絶対あきらかにしたい、質問したいというたぐいのものではなかったが
時に私のハードルとなること
霊的な世界についてだ。

私は時々 人なかに出た時や特定の場所で 突然具合が悪くなることがあり
「あ また憑いた?」とことばがでてしまうほど
自分を霊媒体質とみなしてきた。

自分がそういった星回りであることが生年月日などで判明しその対策もたててきた。
そうでないひとにとっては なんのこっちゃだが
私には困っているという事実があった。

哲玄老師の東京での禅会の時に用紙がくばられお話された文章の一文
「参学職るべし、仏道は、思量、分別、卜度(ぼくたく)、占い,観想、
 知覚、慧解の外にあることを。」に 目が止まった。

禅ではこういった霊的な眼に見えない世界のことを
どう取り扱っているのだろう。老師ならなんと答えてくださるのだろう とおもった。

その用紙には 「釈尊は、吾はただ因果を説くために世に出現した。」と。
という一文もあった。

因果って因果応報の因果?
私は因果というのは何かの縁でず~~~っと続くものだとおもっていた。
それこそ過去世や眼にみえない世界で。
因果は瞬間、瞬間なのだという理解はなかった。

そんなおもいを抱き11月のカフェ寺に参加していると
「ということは、先祖代々の怨念なんてないんですね」ということばが
でてくる流れに遭遇した! というか
瞬時にその時をつかまえて質問した という感じだったけれど。

老師は供養のことや幽霊が出る といううわさなどのお話を通して
方便ということを言われた。

ある とおもっているひとに ない と言ってもこころは静まらない。
そこで方便というものがある。

そのお話をきいているうちに 私のもやもやがおさまっていった。

いまの私の理解では
あるといったら ある
ないといったら ない

(老師がそう言われたわけではない。
 以下は私の見解・・・「人間の見解を離れよ」に矛盾するが・・・)

ある としてそこにエネルギーを注げばそれはどんどん大きくなる。
そして生き物のように動き出し悪さをすることもあるだろう。

だからその道のスペシャリストがいて退治もするのだ。
方便として。

私たちは時にその方便さがしに夢中になる。
方便で遊ぶ。
何のための方便だったか忘れる。

私の好みとしては過酷な方便より美しい方便が好きだ。

禅のもつ「自由自在」さ
老師の言われる「機能は機能のまま」の生活を続けていると
おもわぬときに 霊媒体質改善の縁とも出会うものだ。

これがまた方便に意味をもたせたり、握ってはなさないようになると
弊害がでてくる。

確かに私はその手の話が好きで 身体は苦しみながらも
それに栄養を与えるようなことをやっていた。
おもしろ半分でかかわると痛い目にあうことを知りつつ。

それはそれで世界がつくられるので
そこの流儀を知るひとたちにおまかせしよう。

きょうのブログは こんなふうになってしまった。
表現してみて 自分が霊的な分野にまだまだ関心があることがわかった。